Sadayuki は こんな人

text : 2018-07-11 23:38:09 GMT

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“小1の秋に母親が男作って家を出ていき、俺は親父の飯で育てられた。 当時は親父の下手くそな料理が嫌でたまらず、また母親が突然いなくなった寂しさもあいまって、 俺は飯のたびに癇癪をおこして大泣きしたり、喚いたり、 ひどい時には焦げた卵焼きを親父に投げつけたりなんて事もあった。 翌年、小2の春にあった遠足の弁当もやっぱり親父の手作り。 俺は嫌でたまらず、一口も食べずにちょっとずつわけてもらったおかずと、 持っていたお菓子のみで腹を満たした。 弁当の中身は道に捨ててしまった。 家に帰って、空の弁当箱を親父に渡すと、親父は俺が全部食べたんだと思い、 涙目になりながら俺の頭をぐりぐりと撫で、 「全部食ったか、えらいな!ありがとなあ!」 と本当に嬉しそうな声と顔で言った。 俺は本当の事なんて勿論言えなかった。 でも、その後の家庭訪問の時に、担任の先生が俺が遠足で弁当を捨てていた事を親父に言ったわけ。 親父は相当なショックを受けてて、でも先生が帰った後も俺に対して、怒鳴ったりはせずにただ項垂れていた。 さすがに罪悪感を覚えた俺は、気まずさもあってその夜、早々と布団にもぐりこんだ。 でも、なかなか眠れず、やっぱり親父に謝ろうと思い親父の所に戻ろうとした。 流しの所の電気がついていたので、皿でも洗ってんのかなと思って覗いたら、  親父が読みすぎたせいか、ボロボロになった料理の本と遠足の時に持ってった弁当箱を見ながら泣いていた。 で、俺はその時ようやく自分がとんでもない事をしたんだって事を自覚した。 でも初めて見る泣いてる親父の姿にびびってしまい、謝ろうにもなかなか踏み出せない。 結局俺はまた布団に戻って、そんで心の中で親父に何回も謝りながら泣いた。 翌朝、弁当の事や今までの事を謝った俺の頭を親父は、またぐりぐりと撫でてくれて、 俺はそれ以来親父の作った飯を残す事は無くなった。 親父は去年死んだ。 病院で息を引き取る間際、悲しいのと寂しいのとで、頭が混乱しつつ涙と鼻水流しながら、 「色々ありがとな、飯もありがとな、卵焼きありがとな、ほうれん草のアレとかすげえ美味かった」 とか何とか言った俺に対し、親父はもう声も出せない状態だったものの、微かに笑いつつ頷いてくれた。”

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